未来を予見できる人を聖人という

日蓮大聖人は、「未来の事を知るをまことの聖人とは申すなり」(御書1203頁)
「時に当たりて我が為国の為大事なる事を、少しも勘へたがへざるが智者にては候なり」(御書909頁)
と仰せられ、国のために重大な予言をして、それが外れずに的中する人を「聖人」「智者」というのだ、と示されています。

そして、日蓮大聖人御自ら、北条幕府の内乱(北条時輔の乱)や蒙古襲来という未曽有の国難を、その発生時期も含めて予言され、見事に的中させられているのです。

顕正会会長・浅井昭衛は、こうした日蓮大聖人の「聖人」「智者」としてのお振る舞いに比肩しようとしてか、昭和40年代から様々な予言を発表しました。

その内容たるや、第三次世界大戦、世界的飢饉、経済恐慌、ソ連(当時)や中国の日本侵攻、首都圏を襲う巨大地震、核戦争による人類滅亡等々・・・・・・数え上げたらきりがないほどの「破局」を予言し続けてきたのです。

しかしながら、それらがことごとく外れているのですから、厚顔無恥もここまで来ると精神異常ではないかと疑いたくなります。

浅井が考えていることは、御本仏の出現を予言した釈尊や、元寇を予言し的中させ、さらには祈りでそれを排除した日蓮大聖人の”サルマネ”をして、大聖人がおっしゃったような「聖人」「智者」を演じて見せたかったということなのでしょうが、ここまで来ると可哀想にさえなってきます。

もっと哀れなのが、それを信じて巷間に向け吹聴する会員の姿です。

こんなみっともない”大予言”は顕正新聞に記事として書き入れられ、顕正会会員たちは、それを外部の人々に読むように勧めるのですが、この行為は、一般社会に不安をいたずらに煽るような誑言(おうげん)を流布する行為です。

浅井は宗教団体の領袖として自らの発言に責任をもつべき立場にあるはずなのに、予言が外れても平然として、またぞろ次の当たらない予言を発するというのは、聖人どころか狂人であり、人間としてひじょうに程度の低い姿を晒し続けています。

。 以下に, 浅井の”大予言”を年代順に挙げてみましょう。

このページの先頭へ